ほだかさんそう

花本ほだかのはてな小屋。山小屋の「山荘」と「ほだかさん想」でかけている。

夜を越えられないという話

みなさんこんばんは。花本です。すっかり夏の気候になってきましたね。今回は、「夜」というものについて悶々と感じていることを書きなぐっていこうぜ!というお話です(夜を越える、という表現に関してはスピードワゴンの小沢さんにインスパイアされている気がします)。

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夜は「眠り」の時間であるはず

普通の人にとってはね。私はと言いますと学生時代から夜行性でしたので、夜は活動的とまでは言わずとも、もっとも意識がはっきりしている時間帯であるなぁという風に感じます。踏み込んだ話をしますと、高校時代なんて不眠症でして。一応日付超えるくらいに布団に潜り込むんで寝ようとするんですけれども、朝方4時や5時くらいまで眠れないなんてことがザラ。布団の中でただ時が過ぎるのを待ち続けます(寝る気はある)。朝課外もあるので6時半には家を出るんですけれども、その頃になってやっと意識が朦朧としだす具合でおりまして。日中の授業は爆睡し、先生方には心配されるか叱責されるかのどちらかで、よく英語の先生に脳天を辞書でぶち抜かれておりました。高校卒業後不眠症は改善の方向に向かったのですが、夜行性なのはそのままで、仕事も夜頑張らないといけない業界に飛び込んでいます。とにかく、根っから夜は眠れなくなってしまう体質なわけです。もともと。眠れなさすぎてお薬の力を借りることもしばしば。こればっかりは日中のパフォーマンスに影響が出てしまうからしょうがないもんね。

昼寝が命取り

私みたいな生活リズムで生きている人にとって、お休みで時間がある日の昼間、ちと眠いなぁと思って昼寝をしたら、それが命取りだったりしませんか。お昼に寝ちゃっている分、夜に全然眠れないんですよね……。寝るためのコツとかに、呼吸法やら画面を見ないやら書いてあるんでちゃんと避けるんですけど、あるとき気付くんですよね。

「いや、もうそういうの関係ない領域まで来ちゃってるんじゃないか……?」

と。呼吸を整えようと、ホットミルクを飲もうと、ラベンダーポプリを枕元に置こうと、ブルーライトから遠ざかろうと、無理なもんは無理というか、眠れないのがわかってしまうと、「よし、今日はもう起きよう。オールしよ」ということになってしまう。瞳を閉じて寝転んでいるだけでも休息効果がある、という文章を読んだこともあるのですが、確かに休息効果は欲しいが忙しい現代社会人としては、この夜は覚醒して過ごす!と決めてしまったら有効的に時間を使いたいと思うのも仕方のないことなんじゃないかと思うんですよ。腹をくくって録画しているテレビを見たりゲームをしたりとかね。そうしていると、眠れなくてイライラしていた夜の時間帯がだんだん好きになってくるというか、安心できる時間帯になっていくような感覚を覚えるんです。

夜明けが嫌いになっていく

太陽というのは時間が来たら必ずのぼって来てくれるもので、暖かな日差しが世界を包み込み、ある人には今日も1日頑張るぞ!という活力を与え、ある人には絶望の夜からの脱却という救いの手を差し伸べるでしょう。でも個人的には、なんかもうその日差しが残酷というか。「今日も1日スタートだよ(きらきら)元気に頑張って行こうね(満面の笑み)」感がしんどい!!!!!くるな!!!いや来てもええねんけどもうちょっと遅くならないですか!!!みたいな気持ちに苛まれることが多いんですよね。

「夜」の持つ特別感と魅力

そもそも「夜」のことをどんどん好きになってしまっているんだと思うんです。付き合いも長いし。自分と向き合ったりするのもみなさん大抵夜だと思いますし、子供の頃、初めて宇宙の真理や生命の神秘、人類史の深みについて思いを馳せたりしたのもそれは夜の出来事だったと思います。SNSでちょっと過激な自分語りをしてしまっても「まぁ夜中やしな」って許してもらえる雰囲気があるし、カムパネルラとジョバンニの旅だって、*1ピーターパンだって子供たちを連れ出すのは夜じゃないですか。なんかもうそういう「夜」が持ってるずるすぎる特別感が愛おしくて仕方がないんです。あと夜は、空を見上げると月と星があるじゃないですか。特に星に関しては「あの光は何億年も前の光なのか……」ってロマンチックにもほどがある。あと星座の神話とかね。ここが誰もいない柔道場なら端から端まで丸太転がりをしたいくらいの良さみ(語彙力の欠如)がある。ずるい!!!夜はずるい!!!!最高か!!!

そして、夜って基本的には冒頭に述べた通り普通はみんな寝てるはずの時間なんですよね。そんな時間にぱっちり覚醒していて、ちっちゃな頭の中で色んな考えを巡らせているうちに、もしかしてこの広い世界の中で僕私はひとりぼっちなんだろうか……?みたいな気持ちにさせてくれる魔力があるじゃないですか。先ほどから何度も自分と向き合うみたいなワードが出て来ているんですけれども、夜眠る時って、家族と川の字で寝っころがっていたとしても、お泊まり保育だったとしても、自分のベッドじゃなくて田舎のばーちゃんちだったとしても、本質的にはいつだって一人で、誰にも邪魔されず考えごとができる場所として有意義すぎる空間なんだと思うんですよね。

眠ることができると、今度は夢の世界へ誘われてしまう

ところでみなさんは、夢をよく見ますか?正確には覚えているかどうかの問題だと思うのですが……。私はよく見ます。全く覚えてないなあくらいの熟睡を実感できることは、周期的なものやその日の疲れなどもあるでしょうが少ないです。またその夢が毎日面白かったりするんですよ……。基本的に日常で見られないことが起こっているのだから面白いに決まっているのですが、集中してしまっているのか、起きてからも内容を引きずることが結構多いんですよね。休息というよりも映画を見た後みたいな、エキサイトした気持ちで目が醒めることが多いです。そしてまた新しい1日が始まり、夜になり……と続いていくわけですね。

今日は簡単に繋がるが、明日はいつまでもやってこない

この案件について、私が感じていることをそのまま伝わる書き方ができるような気がしていないのですが、一番書きたいことなので、とりあえず書きます。

多分夜型人間の方って、うっかり油断すると簡単に昼夜が逆転すると思うんですね。私も常日頃から、できるだけ逆転せず規則的な起床就寝時間にできるように、早く寝すぎない、たくさん寝ない、遅く起きない、など日中のパフォーマンス力を高めるために、個人的なことですが、自分の体質と向き合って計算しながら暮らしています。しかし、先述した通り寝ている間も夢を見て楽しんでしまったり、眠れない夜を受け止めて自分のやりたいことをやっていたりすると、「午前0時という時間を越える」だとか、「太陽がのぼる」だとか、なにを持ってして「明日」が自分のところにやって来ているのかがよくわからなくなるんです。もちろん制度上は分かっているんですけども。スマホの待ち受け見ちゃえば、間違いなく日付と時間がのっていますしね。スケジュール帳にメモをした明日に向かって毎日進んでいくんですけれども、実際は「今日」がずっと延々と続いていて、終わりがないんだなって思うんです。そこに上質な眠りがあったかどうかは関係なく。「昨日」が「さっき」になっていく感覚といえば分かりやすいでしょうかね……。「夜」を渡り歩きすぎるとこういう微妙な弊害が起こるんだなって実感しているところです。おそらく人によっては全く気にならないことでしょうし、悪いところなんて、気持ちの整理がつけにくいくらいではあるんですけれど。予想していたよりも早く、待ち合わせの時間やテストの時間がやってくるようになった気がします。

そんなこんなで。最近夜明けを迎えるたびにがっかりしてしまうんです。また今日も夜のうちに眠ることができなかったか、とか、新しい希望の朝がやってきちまったかぁ……とか笑 朝日に照らされた風景はとても綺麗で、うっとりするものではあるんですけど、「また今日が1日繋がったんだな」と、そうしみじみ感じてしまっているのもまた事実であるのです。

そう考えると、やはり夜は「眠り」の時間であるべきであり。それが前向きに暮らしていくことに有効的な行為であると考えられるのですが。やっぱり夜が持っている魅力や魔力はとんでもないものでして、これから先も夜になるたび自分と向き合って、小さい頭でもんもんと考えながら暮らしていくんだろうなぁ、と思うのです。

 

ここまで読んでいただいて、ありがとうございました!

(眠れなくて書きなぐってしまった3538字)

*1:全然関係ないけどCATSだと鉄道猫が個人的にとても好き

ブログ以外のあれこれはGendarme△で。花本ほだかの創作置き場です。